重治先生ゆかりの宿を求めて

うさぎが死んでからブログの更新サボってました。すみません。

うさぎの四十九日のお経さんお願いしに行った日、天気もいいしせっかくだからと重治先生が定宿にしていたというまつや旅館の場所を探しに行きました。

机上調査でわかっていたことは、新潮社文学アルバムより『丸岡城の南にあった』ことと、宿から撮った丸岡城の写真と、『今はない』ということだけでした。

丸岡市立図書館で地図明細図を閲覧させてもらって調べたのですが、どうしても出てこず、司書の方にも聞いたりしましたが情報がなく、「県立図書館になら手がかりがあるかも」ということでした。

県立図書館までは大きな国道を通りいつも渋滞しているため、せめて角度だけでも特定したいなと丸岡城見つつ眠気覚ましにコーヒーを探していました。

そこでふと喫茶店を見つけて、外にいた奥さん?がよかったらどうぞ〜と声をかけて下さり、せっかくだから入って雑談をしていたところ、なんとご主人がまつや旅館が現存していたときのことをご存知でした。

喫茶店の裏手あたりに跡地がありました。

元々は富山から来た薬売りの人など、仕事で来た人専用の宿だったから地図に旅館の名前で載っていなかったのかもとご主人はおっしゃっていました。

重治先生の『わが国わが国びと』の中でまつや旅館を指しているらしいところで、周りの旅館は全部満室で、前に他の議員さんの手伝いをしたときに止まった宿を思い出して行ったら空きがあってよかった(要約)という記述があったのもそのせいだと思います。

最近の成功体験でした。こういうのがあるから現地調査はやめられねえ……

あとこのとき初めて食べたのですが、丸岡城の下の売店のカレーは超おすすめです。とてもおいしかったです。